歩き方について

歩き方について

歩くというのは、人間の運動の根幹と呼べるものです。
そして兵法者、武術家、武士としてのあるべき歩き方というものがあります。
今回は歩き方についての話をしようと思います。
歩き方、これは人間の運動の根幹を成すものの一つであり、武術において非常に重要な動作です。
まず根本的な原則として、これを守らなければならない、というものがいくつかあります。
最初の一つは足音を立てずに歩く、ということです。
足音を立てない事
実際に、動きの中で足を踏み鳴らして相手を強く打つ確認をしたり、また実際に大きな力を加えるために足を踏み鳴らしたりすることはあります。
しかし、原則的には自分で自分の体重をコントロールすることが非常に重要です。そのため、歩くときにこのように足音を立てて地面を踏み鳴らすような歩き方をせずに、静かに歩くことが大切です。
基本的には、武術、闘いの中で重要なことは情報戦です。自分の足音一つで、周囲に情報を与えてしまうことになります。意図的に情報を与えて攪乱するのであれば、足音を立てることも十分に考えられます。
要するに、自分でコントロールが利かずに足音が立ってしまうことが問題となります。靴を履いているときも同じですので、日常生活でも出来るだけ足音を立てずに歩くように気を付けてみてください。また道場内では必ず足音を立てずに歩くようにし、その動作を基本として徹底して身に付けるようにすることが大事です。
歩き方について
次に、実際の歩き方、すなわち「どのように歩けばよいのか?」ということについて説明致します。実際に歩き方といっても、「何をもって正しい歩き方とすればよいのか?」というのは難しいです。しかし天心流において「何をもって正しい歩き方とすればよいのか?」は非常に簡単です。「どんなときでも闘えるかどうか」という話になります。
歩いているとき、あるいは立ち止まっているときに、咄嗟に襲い掛かられたときにまごついてしまい、一瞬遅れてしまうことがあってはなりません。
流儀の教えとして「いつでも足を後ろに下げられるように歩け」というものがあるように、咄嗟のときに前後左右どこにでも動けるような歩き方でなければなりません。
では実際にどのような歩き方であれば、咄嗟にいつでも刀が抜け、体捌きが行えるのか、ということを実演したいと思います。
実演
それではまず簡単に歩いてみましょう。
屋内での歩き方と、屋外での歩き方は少々異なります。まず屋外、外での歩き方を行っていきます。
このような歩き方になります。
一般的な歩き方と何が違うのかといいますと、まず膝をほんの少し曲げています。膝を緩める程度であり、意図的に曲げるのではなく、力を抜くということが大事になります。
そして足の裏を極力平坦にして用います。このように踵を強く出すのではなく、爪先からそろりと抜き足差し足と出すのでもなく、極力足の裏を平坦にします。それでも踵がつま先よりも少し先に地面に着くことには変わりませんが、出来るだけ足の裏を平坦な状態を維持して歩きます。
もう一度、足の裏を気にしながらご覧ください。
お気づきになられましたでしょうか。歩いているときに、膝の高さ、腰の高さ、頭の高さが全て同じラインのまま、横滑りするように歩いています。上下運動をしていません。帯刀すると分かりますが、上下運動をしてしまうと刀が動いてしまい、安定して動くことができませんし、咄嗟に刀を抜くときも差し障りが出ることになります。
ですから、身体が上下運動をせずに、また左右にも揺らさずに、一本の線の中を静かに歩くような歩き方が重要です。
足の運び方、働き方について説明します。爪先が外側に開くでもなく、内側に向くでもありません。天心流でも「虎走(とらばしり)」という足の使い方ではモデル歩きのように一直線上で歩くこともありますが、そのように歩くわけでもありません。
通常の歩き方は、少しだけ爪先が開いたような状態から、足の内側がほぼまっすぐ出るような心持で歩いていきます。
どうしても男性ですと、爪先が開き、若干蟹股気味で歩いてしまいがちですが、そうしたことのないように、ほぼ真っすぐ、静かにあることが一番重要です。
後ろに下がる如く前に歩く
私がただ前後に歩くというだけという動画を全体で公開しました。ですが、実態はただ歩いているのではありません。前に進んでいるものは、前に進んでいるように見えて実は私が後ろに歩いています。また、後ろに歩んでいるものは実は私が前に進んでいます。つまり、逆再生にして動画にしたものになります。
後ろ向きに歩くということが人間は非常に苦手です。そのため、後ろ向きに歩くように前に歩くと、与えられるその情報によって相手は混乱してしまいます。人間が普通に歩いているときと、後ろ向きに歩いているかのように歩いてくるときでは、相手に与える情報はまるで異なり、ただ進んできても相手がその情報を理解できず、間合いを見誤ったり、タイミングを計れなくなったりします。そのような意味合があります。
実際の戦闘の中でも前後左右動いたりするわけなので、その根本となるのがこの普段の歩き方になります。
「リング」という日本の映画があります。この映画の中に出てくる貞子というキャラクターがこちらに向かってくる、テレビからはい出てくるというシーンが非常に戦慄で、ブームになり、数年後にはハリウッドでも映画化されました。
その姿がなぜそれほど怖かったのか?実は秘密があり、後ろ向きに歩いた姿を逆再生で前に進んでいるように見せていたそうです。
通常人間が得られる情報とは異なる情報、つまり歩くときに本来得られる情報が得られなかったためにみんな心の底から恐怖を感じました。
情報が得られないというのは闘いのなかでも恐怖になります。同じように、通常の歩き方でも音もなく、何の情報も与えずに歩いて頂ければと思います。
どの程度歩き方がうまくいったかどうかを知りたいのであれば、私が行ったように歩く姿を横から撮影し、逆再生することでどの程度なのかがわかるかと思います。
ではちょっと後ろ向きに歩いてみましょう。
このようになります。
手を振らない事
日本の古武術、日本の所作、日本の作法の中では「腕を振らないようにする」、という言説が良く見受けられます。では実際問題どうだったのか?といいますと、明治初期のころの映像では、多くの方々は普通に和服姿、着物姿で生活して歩いており、その歩いている姿は現代の姿とそれほど変わりがなく、また人によって歩き方が異なっていました。
では天心流ではどうなのか?といいますと、やはり「手を振らない」という考え方、教えがあります。何故なのか?これは単純明快で、腰にある刀を咄嗟に抜く場合、手を振っていてしまれば一拍遅れてしまう可能性があるからです。どんな時でも咄嗟に刀を抜けるように手を振らない、という考え方が原則的にあります。
ロシアのプーチン大統領が元スパイであることから、銃をいつでも使えるように右手を振らないことで話題になりました。実際に動画を見ても実際に右手を振っていませんでしたが、原則的には同じ考え方だと思います。
咄嗟にいつでも刀を抜けるように考えて、歩き方を作っていくことが大切になります。良い動きを一刻も早く身に付けたいのであれば、日本だけでなく海外でも同じで、外で帯刀したまま歩くことはできませんが、心の中で自分は帯刀しているとイメージすることが大事です。
天心先生がよくやっていますが、突然切り掛かられたら?相手を暗殺したかったら?突然塀の向こうから人が出てきて襲い掛かられたら、今の歩き方で刀が抜けるのか?ということを考えると、道場の中、稽古場だけでなく、外でも実際に自分の技が使えるかということを考えられるようになります。
ちょっと長くなりましたが、今回歩き方について簡単に説明いたしました。ぜひ日常生活の中から歩き方、身体の使い方を変えていって頂ければと思います。
よろしくお願いいたします。

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