最近の気づき。
これは天心流の修得だけでなく、組織運営その他においても極めて重要な気づきであるためシェアします。
長年、私はある種のストレスを抱えていました。
それはあることをきっかけに生じたものです。
そしてそれは、天心先生も背負っていたものです。
天心流の目的とはなんでしょうか?
それは士林団 光願のお役目を完遂することです。
江戸幕府が成立する前(1594年)から、柳生宗矩公は神君徳川家康公に仕えて影の働きを行っていました。
そのため宗矩公は武士団(士林団)を結成しました。
やがてその武士団は発展していき、江戸幕府が成立し1632年には初代大目付(惣目付)になった頃、光願を名乗りました。
戦乱の世を終わらせ、泰平の時代を築く。
これが士林団 光願の目的であり、そのための役目に必須の教育システムとして編み出されたのが天心流です。
しかしながら、現代にはそのお役目は存在しません。
我々はこの伝統的文化を次代に継承し、宗矩公の活人剣の思想を現代に活かし、古武術が単なる武芸ではなく現代社会に役立つものとして普及していくことを目指しています。
というのが、これまで分かりやすく説明してきたものです。
もちろんこれ自体大変正しい内容であり、事実以外のなにものでもありません。
ですが、このように書くと、天心流として役目が時代とともに変化したというのみで終わってしまいます。
ところがそうではないのです。
その部分が、私の中でようやく明瞭化され、整理されたため、このたびそれをシェアしようというのが本稿となります。
天心先生の「タイムマシンで江戸時代に行って使えるかどうか」「そんなんじゃ切られるよ!」という言葉の根源。
一般の流儀においても、流儀の継承は大事でありそれはまた容易なことではありません。
しかし天心先生はそれ以上の重責を抱えていました。
それは師家としての役割から来るものです。
師家の役割は、単に天心流を継承することではありません。
天心流を通じて光願の武士を徹底的に鍛え上げ、超人を育成してその活動を全うさせることです。
天心流の流祖である時沢弥平師は、あくまでも流祖であって、光願の長(おさ)ではありませんでした。
(光願の長は天心先生が覚えてないとのことです)
そして爾来、代々師家はその役割を担うものでした。
時代を超えても、基本的にその役割、役儀自体は変わっていません。
天心流の流儀としての命と終わりは、つまり師家を無くした際に本当に起こるものと言えます。
師家には天心流を継承するだけではなく、密謀、密略、暗殺、制裁、粛清、それらのための旅、変装、情報収集、集団戦術、警備、護衛、戦への備えなど、士林団に付されるあらゆる使命、起こりうる事態に即応し対処する武士集団を育成することが求められます。
それが出来ないならば、分不相応であり切腹でもすべきものと言えます。
この重みこそが、天心流ならではの、他流とやはり大きく異なるものであり、だからこそ天心先生は、おそらく無自覚的にとはいえその役儀を理解しているからこそ、指導の独特な厳しさがあったのだと思います。
それは、単純に流儀を途絶、失伝するという意味ではなく、その役目を果たせなかったという、武士としての一分、面目を失うことと同義です。
無自覚、無意識とはいえその重責とストレスは大きなものだったことでしょう。
私自身も、段階的な上達、楽しい稽古を大事としていますが、同時に、時に容赦ない手厳しい指導を用いる最大の原因もここにあります。
私の入門以前、当初の天心先生は、先代との約定を守り、「影の流儀だ」「暗殺などを担っていた」「裏柳生みたいなもの」という程度の説明でしたが、石井先生について明かされるようになり同時に天心流のバックボーンである士林団についてなども話されるようになって、流儀の実態が明らかとなりました。
流儀の目指すもの、師家の目指すものとその責務が明らかになってからというもの、この重責はかつてないものとなったと言えます。
天心先生の「タイムマシンで江戸時代に行って使えるかどうか」「そんなんじゃ切られるよ!」という言葉の意味。
誰もが「別に使わないし」「戦わないし」と内心反感を覚えていた言葉。
これらはとどのつまりは「そんなんでは光願の武士として、お役目を果たせず死んでしまう!」という意味です。
まあいずれにせよ教わる側からすれば、「武士じゃねーし」「徳川幕府はもうないし」とか反論したくなるものかもしれません。
しかしそれでもなお、この役儀を務めようとするからこそ天心流は天心流のままでいられたのであり、同時にこの矜持を失った時は、天心流は本当にただのデコレーションでイミテーションでプリテンシャス、飾りで模造の虚飾になります。
他流批判ではなく他流比較として、ただ伝承を守るのは一般的な古流の有様であり、同時に殺陣などとの本質的差違にはなりにくいと思います。
そして門人もまた同様です。
時代を重ねれば、現代の門人ひとりひとりが、往時には士林団光願の武士です。
本来、命がけの役儀を果たす使命がそれぞれにあります。
その自覚、責務、責任感こそが、これほどの緻密で膨大な修行項目を熟達せしめたのでしょう。
光願は五人一組で構成されていました。
正確な組数は天心先生が覚えてませんが、いろはにほへと…と合計で25人以上50人未満くらいで活動しており、一組ごとに組頭を頂いた組織体系です。
稽古は時に一組、時に複数合同など行っており、使命を帯びては組ごとに活動したようです。
組頭はもちろん師家に準ずる責務はありますが、そもそも士林団はそのすべての武士が互いに同様の責務を負っています。
稽古では互いを高め合い、得手不得手に従い支え合っていました。そして技法だけでなく、その稽古におけるチームワーク含め、指令を完遂する役儀において発揮されていたのです。
この自己認識と矜持、切願こそが、光願を光願せしめたのであり、まさしく一騎当千の兵(つわもの)の武士団だったのです。
それは歴史の表舞台に出られない、影の存在であり、だからこそ光を願い、新陰流より出て、新陰を超える流として天心流が編まれたのです。
使命とは命を使う行為です。
使命無き時代にこのような時代錯誤な使命を負うことが出来たのは、望外の喜びと言えましょう。
使命があれば自分の能力以上のことを成し遂げられるからです。
もちろんこれはファンタジーでしかありません。
現実的にお役目は存在せず、タイムマシンで過去に戻ることはありません。
それでもなお、人間の脳は空想的なものであっても、現実的な感情として、そして身体的にも影響を及ぼします。
多くの人が興奮している映画もドラマも、アニメも漫画も小説も、基本的に現実ではありません。
ただの情報に過ぎません。
スクリーンや画面に映し出されたドットの集合体、そして音は空気を伝う振動です。
漫画も小説も紙にプリントされたインクの集合体を絵や文字と認識しているにすぎません。
そうしたものに一喜一憂し、心を揺さぶられ、時に涙を流して身体を震わせます。
心拍は高まり、発汗します。
つまり認識は確実に考え方や感情、そして身体すらも変化させます。
そのため、長年の私の中に漠然とあったこの責任感が明文化されたのは、今後の私自身のために極めて吉兆であると言えます。
そしてこれを門人向けに公開したのは、同様の効果が期待出来るからです。
この一つ前に、以前下書きしていた責任と上達についての記事を上げていると思いますが、これはその極致と言えます。
門人全員にこれを強要する気は皆目ありませんが、一部であってもその一端を担っているという認識を持つことが出来れば、それはさらなる技法の飛躍をもたらしてくれると思います。

コメント