座礼について

今回は天心流で用いる坐礼(ざれい)を紹介し ます。 天心流には柳生宗矩(やぎゅうむねのり)公の言葉として次のように 伝わっています。
「九礼に極意あり」と。

九礼とは、小笠原流で言うところの九品礼(くほんれい)に該当します。
目礼(もくれい)目落(めおとし)首礼(しゅれい)指建礼(しけんれい)爪甲礼(そうこうれい)折手礼(せっしゅれい・おりてれい)拓手礼(たくしゅれい)雙(双)手礼(そうしゅれい)合手礼(がっしゅれい)合掌礼(がっしょうれい)
今回紹介するのは、爪甲礼と合掌礼以外の七種です。
天心流では爪甲礼は基本的に扇坐の際には用いません。

拳を握るのは、手の内を隠すことに該当するため、室内では胡坐、屋外(ないしは稽古場)では折敷、蹲踞の際に爪甲礼を用います。

礼法には爭いを未然に防ぎ、敵と講和を果たす働きがあり、これは宗矩公の活人剣(かつじんけん)小なる兵法(個人的な闘争、私闘のための兵法)ではなく大将の兵法(人々を導き、世を平らかとし正すための兵法)、平法(へいほう。平和をもたらす兵法)の心得を示します。
そして、礼法における身体的側面も見逃せない点です。 正しい礼法を行うには、相応に洗練された身体が求められます。 極意と記されているということは、礼法を正しく修めなければ天心流を修めたことにはならないという事であり、礼法を正しく身につける事 は天心流を修める事と同義であると言えます。

今回は礼法全体を大まかなに紹介します。詳細に関しては今後の動画、テキスト、また頒布される天心流兵法初学集改訂版を参考にして下さい。

目礼 , 目落ー草の礼

上体を腰から屈曲させて僅かに頭を下げる略礼です。 目線を対者から外す(落とす)ことから、目礼(もくれい) ないしは目落(めおとし)と呼びます。
首を曲げたり、背中を曲げることがないように注意します。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで一呼吸で行う、ないしは頭を下げ二拍そのまま止めます

首礼ー草の礼

上体を腰から屈曲させて僅かに頭を下げる略礼です。 目礼より僅かに深く頭を下げます。首を曲げた程度に頭を下げることから首礼(しゅれい)と呼びます。
名称に影響されて首を曲げたり、背中を曲げることがないように注意します。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで一呼吸で行う、ないしは頭を下げ二拍そのまま止めます

指建礼;膝前ー行の礼

膝前で両手の平を建てる略礼です。指を膝前に建てる事か ら指建礼(しけんれい)と呼ばれます。首礼よりさらに深い礼法です。太ももの上から両手の平を膝前に滑らせます。
過度に肘を曲げたり、過度に前傾しないように注意して下さい。
手は開手(ひらで・ひらて)で中指の先のみを床に突けます。親指を開かないように注意して下さい。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで二呼吸で行う、ないしは頭を下げ三拍ほどそのまま止めます。
膝前の指礼は、陰陽(右左)何れかに刀を置いている時に用います。膝横に手を建てると、刀を執る動作と勘違いされる恐れがあるためです

指建礼;膝横ー行の礼

膝横に両手の平を建てる略礼です。本来はこの膝横が本式の指建礼となります。膝前の指建礼と深さは同じです、太ももの上から両手の平を膝横に滑らせます。
過度に肘を曲げたり、過度に前傾しないように注意して下さい。
手は開手(ひらで・ひらて)で中指の先のみを床に突けます。親指を開かないように注意して下さい。手の平は垂直ではなく、僅かに傾けます。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで二呼吸で行う、ないしは頭を下げ三拍ほどそのまま止めます。
刀を陰陽(右左)に置いていない場合に用います。

折手礼ー行の礼

手首を直角ほどに曲げることから、折手礼(おりてれい・ せっしゅれい)と呼ばれます。指建礼よりさらに深い礼法です。
鼠蹊部から、両手の平を真横に移します。
そして両手を前に滑らせます。
過度に肘を曲げたり、過度に前傾しないように注意して下さい。
手は開手(ひらで・ひらて)で膝横に指を前として手の平全体を床に着けます。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで二呼吸で行う、ないしは頭を下げ三拍ほどそのまま止めます。
折手礼は刀を陰陽(右左)に置いていない場合に限り用います。刀が横にある際に用いると、刀を執る動作と勘違いされる恐れがあるためです。

拓手礼ー行の礼

膝前に双手を置きます。拓手礼(たくしゅれい)の拓は拓 本の拓で、拓を取る如く双手に自重を掛けることに由来します。
鼠蹊部から、両手の平を真横に移します。
そして両手を膝前に滑らせます。
手は親指を自然に開き、他の四指を揃え、ハの字に手の平全体を床に着けます。
過度に肘を曲げたり、過度に前傾しないように注意して下さい。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで二呼吸で行う、ないしは頭を下げ三拍ほどそのまま止めます。
拓手礼では、刀を陰陽(右左)に置いていない場合に限り双手を横から床に下ろして行います
手を戻す際には、太ももから鼠蹊部へと戻します。

拓手礼ー行の礼 陰陽の置刀の場合

陰陽に刀を置いている場合には、刀を執ろうとする動作と勘違いされないように、太ももから直接膝前に双手を出します。
礼の姿勢と戻り方は通常の拓手礼と違いはありません。

雙手礼ー真の礼

双手を突いて礼を行うため、雙(双)手礼(そうしゅれい) と呼びます。拓手礼より双手を前に進め、背を床と水平近くにして伏せます。
陰陽に刀を置いている場合は、手を刀を置いている側から出します。戻す場合は逆に刀を置いていない側の手から戻 します。
これは刀を極力取りにくくして、鯉口を切らない=刀を用いない意志を示します
双手をハの字として、双手の間は3~4cm程度開けます。
後ろ置刀か、大刀を携行していない場合は小刀(脇差)の鯉口を切らないということから、左手から出し、右手から戻します。
肘はわずかに浮かせます。親指は自然に開き、他の四指は揃えて手の平全体を床に着けます。面を伏せた後、上目遣いで対者の動向、気配を探ります。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで三呼吸で行う、ないしは頭を下げ五拍ほどそのまま止めます。
双手を同時に着けて、同時に戻しても「苦しからず」(構わない・支障がない)とされます。緊張している際など、 左右どちらからか分からなくなった際は、双手同時に行うと良いでしょう。

合手礼ー真の礼

手の平から肘までを床に付すため合手礼(がっしゅれい)と呼びます。雙手礼より双手を前に進め、低く頭を下げます。
手の出し方、戻し方は雙手礼と同様です。
手の平から肘まで床に着け、親指は自然に開き、他の四指は揃えて手の平全体を床に着けます。面を伏せた後、上目遣いで対者の動向、気配を探ります
双手をハの字として、双手の間は3~4cm程度開けます。
礼は礼を始めて姿勢を戻すまで三呼吸で行う、ないしは頭を下げ五拍ほどそのまま止めます。
双手を同時に着けて、同時に戻しても「苦しからず」(構わない・支障がない)とされます。緊張している際など、 左右どちらからか分からなくなった際は、双手同時に行うと良いでしょう。

終わりに

他にも礼法が多々ありますが、まず座礼として 抑えておく七種の礼法を紹介しました。 それぞれ正しく身に着けて、状況に応じて使い分ける必要があります。
通常の古流では、礼法は稽古の添え物です。
あくまでも集団としての規律を守るなどが主たる目的であり、礼法に関しては各家々に伝わるものや、また小笠原流(おがわさらりゅう)伊勢流(いせりゅう)今川流(いまがわりゅう)などに代表される礼法家に学ぶものでした。
しかし天心流では、礼法の中に技法があるばかりでなく、お役目の中に儀礼が必須であった事から、武藝と礼法を分離せず、一般の流儀に比して比較的詳細に伝承しています。
正しい礼法は現代にも通ずる、他者を尊重し頭(こうべ)を垂れて礼を尽くしながら、同時に 武人としての矜持を示す美しい所作であり、対人マナーの基礎を形成してくれます。 ただの礼法と考えず、四百年、或いはそれ以上 のバックボーンの流れを汲む伝統的作法の価値を理解し、修得に励んで下さい。

 

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