釣瓶落

釣瓶落(つるべおとしは主に土壇切り(どだんぎり)で用いる技法であり、強靭な足腰と膂力を鍛える稽古法でもあります。
抜刀に関しての解説は、釣瓶抜(つるべぬき)に準拠するため、本動画では切り下ろしの解説を行います。

抜刀に関しては、下記の釣瓶抜の項を御覧ください。

釣瓶抜

土壇切りは「ギリギリの場面、状況。最終局面」等を表現する土壇場(どたんば)の由来となっています。
土壇とは、土を盛って作る壇(だん)、小高く盛り上げた土の台を意味します。
江戸期には、死罪人(武士、出家者、女性、子どもなど除く)の遺体を試し切りにしていました。


古今鍛冶備考(1830年)
試し切りでの土壇の一例

 

これは刀の切れ味などを「試す」(「様物」ためしものなどと呼ばれました)という場合と業前(腕前)を「試す」意味がありました。
死体を土壇の上に乗せて、固定するなどして試斬を行いましたが、江戸初期までは生き試しと呼ばれる、生きたままの罪人で行う残酷な試し切りもありました。
おそらく、そうした生き試しが土壇場の由来になったと推察されます。

江戸時代も後半になるほどに、腕試しとしての試し切りや辻斬りは廃れ、武士も柔弱になったと言われます。


徳鄰厳秘録(1814年)より斬首刑執行の様子。
土壇場が連想される場面ですが、斬首では基本的に土壇は用いません。

手順の解説

初学では結び立ちから行います。
まず刀を左脇に立てます。

右手を柄に添えます

左手で鞘引きします。初学では鞘引きでは右手を動かさないように注意して下さい

右肘を伸ばし抜刀します

左手を柄に添えます

刀を真っ向に切り下ろしながら、両膝を開き深く曲げて蹲踞(そんきょ)の姿勢となり、前傾姿勢となります

ピタリと刀が静止したら、すぐに左足、右足の順番で均一に足を開いて馬上立ちとなり、青眼で残心します

残心の後は刀納(納刀)に移ります。刀納方法に定めはありませんが、ここでは初学の刀納法(とうのうほう)で行います

 

切り下ろし姿勢について

正しい姿勢

  1. 背中を丸めず、また背中が床に平行に近いほど前傾します
  2. 両腕を垂直ほどとして、身体に近い位置に両拳を置く
  3. 両肩関節は、胴部に対して前に出さず肩甲骨を引くようにします
  4. 両踵を浮かせます

悪い姿勢の例

  1. 前傾していない
  2. 両腕が垂直になっておらず、拳が前に出すぎている
  3. 通常は、出来るだけ遠くを切りますが、身から刀が離れるほどに、力が弱まるため土壇切りでは拳を身体に極力寄せます。
  4. 背中が丸まっている

姿勢について

蹲踞の姿勢が厳しい人は、出来る範囲で身を沈めて下さい

出来るだけ前傾姿勢を取り、無理なく出来る範囲で姿勢を取って慣らして下さい

その姿勢を保ってストレッチするように上下して少しずつ身を沈められるように訓練して下さい

切り下ろし時の刀の角度

切り終えた際に、刀は水平、床と平行になる程度とします

言うまでもありませんが、床を叩かないように注意して下さい。

しかし、床まで切る程の凄まじい強さで振り下ろします

試し切りで土壇を用意するのは、目標物を刃が通過して、土壇にまで切り込むからです

馬上立ちへの変化

蹲踞の姿勢から馬上立ちとなる際には、左足→右足の順番で開きます。

実際の速度では、ほぼ同時と思える程ですが、僅かに左足が先行します

おすすめ稽古法

釣瓶落を応用したスクワッド素振りです

これは伝統的な稽古法ではありませんが、足腰の働きを作るための、効果的なメソッドです

釣瓶落から、刀を左右に返して振りかぶると同時に身を起こします

この時、出来るだけ肘を伸ばして、振りかぶる動作を利用して、立ち上がるようにして下さい

単純な脚力を鍛えるのではなく、身体全体の運動と連動させて立ち上がることを学びます

回数は定めがありませんが、30回1セットとして2~3セット行うと良いでしょう

最初は週二回などで行い、慣れたら不定期(例えば二~三ヶ月に一回)に行うとバランスよく上達します

大切なことは、単純な筋トレではないということです。筋力も含めた、総合的な機能を身につけることが目的です

筋肉をつけることを目的にすると、力みや無駄な力を使う癖がつき、機能性の向上から遠ざかります

実際の土壇切りについて

これは技法としての形になります。
実際の土壇切りでは、背中を反らして刀の峰を背中に付ける如くまで振りかぶります。
江戸期のいくつかの土壇切りの姿勢の図絵を紹介しましょう


若き日の天心先生の試斬

現代でも人間ではありませんが、多数の畳など試斬する流儀がありますが、一様に通常の拵えを使っています。
しかし本来はそういう試し切りを行う際には、激しい衝撃を伴うため、切柄(きりつか、きりづか)と呼ばれる特性の拵え(柄や、時に鍔)を使うのが一般的でした。

切り方、切り終えた時の姿勢などは、対象物の大きさや身体との位置関係などで変わります。
木剣や丸太刀などでなにか思い切り稽古を行うと良いでしょう。
但し、腰に強烈な反動が来るので注意して下さい。腰を痛める危険性があります。

終わりに

先代の石井先生は天心先生に「切り分けろ」と教えられました。
土壇切りもその「切り分け」の一つです。
脱力を大事としますが、それは非力を推奨するわけではありません。
むしろ筋力は、最適に機能する範囲ならばどれほどあっても困ることはありません。

しかし莫大な力を発揮するのは正しい姿勢、正しい動きを身に着けてから行う必要があります
優先順位は戦える身体機能、身体操作、そして技法です。
これを忘れて往々にして手段が目的化します。
あまりに突き詰めて先鋭化すると、それしか出来ないという結末に至ります。
試斬は術で目的ではない事に注意して、稽古して下さい。

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