稽古に必要なもの

ここでは天心流を正しく稽古するために必要なアイテムを紹介します。
天心流の稽古では実に多くの物が必要になりますが、最初からすべてを用意することは難しく、現実的ではありません。
そのため、まず基本として用意しておくと望ましいものを紹介します。
そして段階に応じて必要となるものを紹介します。
最後に、最低限必要なものから、段階的に何を揃えていくべきか、そしてどのように稽古を行うかを紹介します。

居合刀

稽古用の模造刀です。真剣を使用しても問題ありませんが、怪我のリスク、文化財保護などの観点から、模造刀から稽古を始めると良いでしょう。
なお、もし刃引き刀(切れないように刃を鈍くしてある刀)であれば真剣でも怪我のリスクは抑えられます。

なお、通常の刀は、真剣でも模造刀でも柄と刀身が、目釘と呼ばれる小さな竹の棒で固定されています。
これが抜け落ちたり、破損すると、刀を振った際に刀身が抜けて飛び、誰かに刺さったり、物を壊す危険性があります。
(天心流内ではありませんが、過去にそうした死亡事故は実際にたびたび起きています。天心流でもいつ事故が起こるかわかりません。)
そのため、稽古のたびに目釘を確認して、安全性を保つように注意してください。
自分の刀を愛するように、常によく観察してあげましょう。

武士は大刀と小刀の二本を常に携行していました。
天心流ではこの武士の慣習に倣い、大小二本の刀を用います。

木剣

一般に木刀と呼ばれますが、天心流では通常の木刀を木剣(ぼっけん)と呼称し、また特に刀の姿を写し鎬などを模した木刀を木太刀(きだち)と呼び分けています。

剣術だけでなく、抜刀術の稽古でも用います。
また本来天心流では初学の抜刀ではも木剣を用います。
これは左手を鞘の代わりに使って行う稽古法で、これを手鞘(てざや)と呼びます。
可能であれば鍔と鞘もご用意ください。

角帯

角帯とは江戸時代に男性が用いた帯です。
二本の刀を帯刀するために、長さ4m前後、幅は10cm前後の角帯が必要になります。もしあなたの腰回りが一般男性のそれより著しく太い場合は、さらに長い角帯が必要となります。

これは往時は綿か正絹ですが、稽古では安価で洗濯やお手入れが容易な綿を推奨します。また少し滑って帯刀時に刀が不安定になりやすいですが、化繊のものでも使用が可能です。

代替として、柔道、柔術、空手など武道で使用される帯も使えますし、居合帯と呼ばれる居合道専用の帯も代用可能ではあります。
しかし、いずれも帯刀すると刀が不安定になります。

稽古着

稽古用の上着です。
素材は何でも良いですが一般的に化繊か綿製です。
これは普通の着物や、浴衣などでも代用可能です。
また優先度は袴の方が高いため、購入を後回しにしても構いません。

なお江戸時代は柔術などを除いては、普通の傷んだ着物を流用したりしたようで、特別な稽古用の着物などは販売されていなかったようです。
現代に伝統を変節させている流儀の多くが、稽古着を無闇矢鱈に神聖視していますが、少なくとも江戸期には見られない新しい伝統もどきです。
もちろん物を大切に扱うのは日本の伝統的精神で大切ですが、あくまでも稽古のために必要なものであって信仰の対象ではありません。
特に軍国主義時代に、軍服を賜りものとして神聖視したことを受けてそのようなし新しい慣習が出来たようですが、間違った思想に汚染された人を日本国内でも多く見かけますので注意して下さい。

なお、武士にとって紋付きであったり、縞袴など、特別な装束はもちろんそれを矜持の印、士分の証として重要視、ある意味では神聖視していたのは事実です。

袴は江戸時代には士農工商のうち、士分のみが基本的に着用を許されており、武士の象徴の一つです。
二本の刀を帯刀した際に、袴の紐により固定されるため刀は安定し、身動きが容易になります。
もちろん袴を着用しなくても、二本の刀を帯刀することは出来ますが、少し不安定となります。

袴には行灯袴(あんどんばかま)と呼ばれるスカートのように股が分かれていないタイプと、ズボンのように二股に分かれている馬乗り袴(うまのりばかま)と呼ばれるタイプに分かれます。
しかし武士は基本的に馬乗り袴を用いていたので、必ず馬乗り袴を購入して下さい。

現代剣道など、多くの人が昔と異なる高い位置で帯や袴を着用(腰履きと呼びます)しているため、多くの販売店の基準に従うと、裾が長すぎる袴を購入することになります。
腰骨の位置から踝までを測り、袴の前紐下から裾までの長さと一致するものを購入して下さい。(あくまでも目安です)

西洋では腰のクビレの位置でズボンなどをはきますが、袴や帯はもう少し下、腰骨あたりではくのが正しく、これで正しい着物の着付けが出来ますし、また大小二本の刀も正しく帯刀することが出来ます。
現代の日本人でも、幼少時から着物を着る習慣がほぼ皆無であるため、西洋式の着用位置で着物を着る風習が明治時代以降に見られるようになり、今では多くの人が間違ったまま袴を着用しています。

扇子

扇子は武士が季節に関わらず通年携行する必須アイテムでした。
往時の社会では、軍扇と同様の大きさ(一尺二寸)の扇子(かわほり扇子)を持てるのは士分のみに限定されました。
そのことから、かわほり扇子は士分の証であり、天心流では演武、稽古においても之を用います。
しかしこれは高価なことから、一回りサイズの小さい特に日本舞踊用に俗に舞扇(まいせん)と呼ばれる扇子を稽古では使用しています。
(江戸期においても、武士は必ずしもかわほり扇子のみを用いていたわけではありません)
この扇子は夏に涼を得るだけでなく、顔を隠す、指図するさいの道具として、お盆の代わりとして、護身の武器としてなど、幅広い用途で武士の間に用いられました。
天心流では往時の必携アイテムである扇子を稽古中にも携行します。

足袋

綿の足袋が一般に普及しはじめたのは実は江戸中期以降であり、また武士も特別な際を除いては通常着用しませんでした。(ある文献では冬場の城内の寒さから、高齢を理由に届け出て、着用を許されたという記録があります)
士林団における天心流の稽古は、基本的に素足で行われました。
しかし冬場の寒さや、また足裏の保護の観点から、現代では通常、足袋を着用して稽古を行っています。
日本は湿度が高いため、往時は素足での生活によって水虫が日本全国で常態化しており代表的な国民病の一つでした。
(江戸期に日本を訪れた外国人の記録で、荷運びの人足が腕まで水虫の侵されており、健康な人足を探して右往左往したという記録が残っています)

そういう衛生面の観点からも、足の悪臭の防ぐ意味でも、現代では足袋の着用を推奨しています。
ですが、素足より滑りやすく、フットワークの妨げになる場合もありますので、定期的に素足での稽古も行うのが望ましいです。

膝サポーター

江戸時代には用いられませんでしたが、現代では膝サポーターの使用を推奨しています。
これは膝関節の保護の観点からはもちろん、膝の皮膚の黒ずみを防ぐ意味でも重要です。
往時は膝だこが出来て一人前とされましたが、現代では長期的な稽古と、床座生活が一般的でなくなったこと、また時に板の間より硬い床で稽古を行うこともあるという事情から、膝サポーターを利用します。

これは一般的なスポーツで用いられるものと同様のもので構いません。
長く稽古する際には、動きを妨げず、また汗で蒸れることを防ぎやすい膝裏に隙間があるタイプを推奨しています。

段階的に必要となるもの

他に丸太刀と天心流で称する袋竹刀、また太刀拵であったり、裾のすぼまった野袴、手鎖(分銅)や鎖鎌、素槍、十文字槍、薙刀、手裏剣など様々な稽古用のアイテムが必要になります。
また稽古で使用する意味もありますが、往時の旅枕や箱枕、脇息や燭台や提灯など、武家の生活品なども用意出来れば最高の稽古環境となります。
また日常においても、和装を心がけるなど、出来うる限り日常の中に往時の生活の一部を取り入れることで、往時の生活習慣を背景とする兵術が、自ずと心身に深く染み入ることとなり、必然的に上達します。

入手する順番と稽古

普通に前述のアイテムを一通り購入できるという方は、それで問題ありません。
しかし経済的事情などにより段階的に購入されるという方には、次のような段階で購入されると良いでしょう。

・大刀の木剣
まずこれさえあれば十分に稽古が出来ます。左手を鞘に見立てて、抜刀の稽古が出来ますし、置刀の稽古も剣術の稽古も出来ます。
・角帯
次が角帯です。これで実際に角帯の結び方を覚えて、帯に木剣を帯刀して稽古を行うことが出来ます。
完全ではありませんが、極めて鞘引きと同じ状況を作り出すことが出来ます。
また江戸期の天心流では、初学者向けとして竹をくり抜いて鞘の代用としました。これは鞘全部ではなく、鯉口(入り口)近から栗形程度までの長さでしたが、鞘の代用としては十分でした。現代ではサランラップの芯などに木剣を挿せば、十分に鞘の代用として機能します。

・袴
次が袴です。袴の着用は難しく、これ自体が稽古になり、また足捌きや抜刀を難しくする一因ともなります。
そのため出来るだけ早い段階で袴を用意し、着付けを身に着けて稽古すると良いでしょう。

・小刀の木剣
もし小刀の木剣が入手出来れば天心流の特徴である二本指しの稽古が出来ます。
角帯、袴を着用しているのであれば、正しい帯刀法なども学ぶことが出来ますし、抜刀もより正しい方法を学ぶことが出来ます。


ここで紹介したのは一例に過ぎません。
経済的状況と、個人的趣向に応じて、用意する順番が前後してもまったく構いません。
模造刀などは、よりしっかりとした稽古を行う上でもちろん重要ですし、何より稽古のモチベーションアップという観点からも重要になります。
木剣を模造刀に置き換えて考えて頂いても良いでしょう。

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