柄打

柄打(つかうち)ノ事

この柄打は、坐法(ざほう。着座の状態での技法郡の総称)の置刀(おきがたな)の一つです。
置刀とは着座の際に、身の陰陽暗(右い左背後)に大刀を置いた状態から、大刀を用いる技法の総称であり、刀を傍らで休ませているということから「休太刀(やすめだち)」とも呼ばれます。
またこの柄打は、「殿中刀法鞘ノ中(でんちゅうとうほう・さやのうち)」とも称される、刀を抜かずに争いを収める「戒めノ剣(いましめのけん)」にも分類されます。

刀は切るためだけの道具ではなく、拵(こしらえ)を含めたすべての構造と機能を活用することが重要であり、それを教えるのがこの柄打です。

 概要

扇坐(おうぎざ)にて信(真)の間(※)で対座します。
対者が腰の小刀、または置いてある大刀を取って抜刀しようとします。
対者の害意を察知して、吾も陰陽いずれかの大刀を取り、一足出て柄で対者を打って、抜刀を阻止します。
以降は状況に応じて変わりますが、基本は斜め後方に六尺(およそ180cm)以上大きく退(ひ)き下がって橦木足(しゅもあくあし)にて残心。

※信(真)の間(しんのま)は三尺(およそ90cm)か四尺(およそ120cm)

 動作の手順

・準備(予備動作)
長じては左置刀も行いますが、本稿では右置刀を解説します。
扇坐より、まず右手に置いてある大刀を、鍔を親指で控(ひか)えて(抑えて)取って右腰につけます。
そして両膝を閉じて、腰を上げてつま先立ちとなります。このつま先立ちの姿勢を跪坐(きざ)と呼びます。

・柄打
そして腰につけた大刀を出来るだけ高く上げ(目安は胸の高さ程度)、右足を前に大きく踏み出し柄頭(つかがしら)にて相手を打ちます。
左膝を後方に残さず右足に合わせて進め、右足近くまで左膝を寄せて左前足はおよそ真横を向くほどにします。
この左膝(後ろ膝)の働きを寄せ足、または進み足と呼びます。
またこの前足を立てた姿勢を居相腰(いあいごし)と呼びます。
打つ部位は、鼻の下(人中)、口、喉、胸、小手(前腕)など状況に応じて打ち分けます。
基本は正しい居相腰の姿勢を身につけることが肝要であることから、明確な目標部位は考えず、右腕と刀が床と平行になる程度を目安に行います。

・残心(橦木足)
その後、左手を前に伸ばして柄に添え、鐺(こじり。鞘の末端部)が過度に高くならないように、地面すれすれに維持するようにしながら、左足を大きく退いて、右足もそれに伴い大きく退いて、対者と六尺以上の間合を取って橦木足で残心(ざんしん)します。
残心の際には、心の中で九字(くじ)、つまり臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)と唱えます。
この橦木足の際、左足の踝(くるぶし)に右の踵をつけるようにし、左手は開手(ひらて、ひらで)として自分の肩口に添え(出来るだけ手の平を高くすると良いでしょう)、脇を締めます。
そして刀の刃は右を向くようにして、鐺は右膝の外側に来るようにします。
鐺は対者への牽制の意味があります。
対者が再度向かってきた場合でも、「船漕ぎ(ふなこぎ)」という動作を使い、柄頭を左手で真下に押すようにしつつ、右足を前に出して腰を落とす(両膝を曲げる)ことで、鐺にて突き、打って応戦出来るように稽古する必要があります。

・立位になる
橦木足にて残心(心の中で九字を唱える)の後、右足をつま先の方向(右斜め前)に半歩ほど進め、続いて左足を前に出して閉足立ち(へいそくだち)となります。
このとき同時に刀を反転させて、右腰に刀を突けます。
鍔は吾の中墨(なかずみ。中心線)に来るように注意します。

・終わりの所作
左手を烏賊の口として、柄頭をくるむようにして持って金打(きんちょう)の動作、つまり刀を鞘に納める所作を行い、鯉口に緩みがないことを確認します。(もし鯉口から刀が僅かにでも抜けていた場合には、これにて刀を完全に納めます)
これは技法、また諍いの終わり、区切りを意味する所作でもあります。
ですからこれは傍目から行っていることを明示するようにしっかりと行う必要があります。
この際には、九字の続きとして心の中で「(む)」と唱えます。これは諍いが無になる、技法が終わり無になるという意味を持ちます。
その後、左手を烏賊の口の形で柄を持ったままに鍔元まで滑らせます。そして柄から左手を離して開手として左腰に突けます。
右手は親指で鍔を控えたまま、刀を右腰に突けます。
最後に右手を自然に下げて、左手は下ろして左腿の前面に突けます。これと同時に、左踵を右踵に付けて結び立ち(むすびだち)となって終わります。

 注意点

1、大刀を右手で取る時には、出来るだけ刀に視線を向けず、正面を向いたままに手の感覚だけで刀を取ります。
そのため扇坐にて鼠蹊部に突けた右手を真横にスライドさせるように移し、そこから前に移動させます。これによって自然と右手が鍔に触れます。

2、大刀を右手で取るため、鼠蹊部(そけいぶ)から移す際に、同時に左手を鼠蹊部から左腿の付け根の上に移します。
そして跪坐となる際には、左手を平手のまま左腰に突けます。

3、打突の際、左手が左腰から離れて遊び手(あそびて。何も役目を果たさない状態の手)となりがちです。
そのため必ず左腰に突けたままにします。この腰に手を置く所作を、控え手(ひかえて)と呼びます。

4、打突の際、右足は出来るだけつま先立ちとして、右膝を出来るだけ高くあげて下さい。
この際に、右足甲と右脛(すね)が一直線となる程にします。
草書(離)ではそこまで極端なつま先立ちとなる必要はありませんが、楷書(守)では出来るだけ高く膝を上げ、つま先を高く上げます。

5、居相腰の際には、基本では状態を前傾させないことが重要です。
垂直を意識して姿勢を作ります。

6、寄せ足、進み足を忘れずに行います。
また基本は半身となるため、骨盤も斜めとなります。
このことから、左脛は彼我を結んだ線に対しておよそ90度ほどとなります。

7、後退時に教え通りに六尺(およそ180cm)以上退ることはあまり現実的ではありません。
滑りやすい畳や、ニスなどを塗布していない板の間でも、それだけ移動するのは難しく、身長程度に退れれば十分と言えます。
しかし稽古としては一寸でも遠くに退ろうとする意識が大事です。
これは単なる後退ではなく、回避行動でもあります。
右足が前の居相腰の際には、実際には右足を退いて左足前の撞木足となることで、この六尺以上退るというのは比較的容易に行えます。
段階的には、何れにも咄嗟に後退出来るように稽古する必要もあります。

 応用、変化について

初学では特に鞘走る(さやばしる。意図せず刀が抜けていますこと)を防ぐために、親指を深く鍔にかけるようにします。
特に対者をつけて稽古する際には、対者も鞘走りを警戒して少し顔を左右に避けるようにしましょう。
実際の差料(さしりょう。帯刀する自分の刀。ここでは稽古用の刀ではなく、実際に普段持ち歩いている刀という程の意味です)では、鯉口はキツくなっており、容易には鞘走ることがありません。
そのため、熟達すると親指の腹が鍔の側面に来る程度に浅く掛けます。
深く掛けると、鍔と右手の位置が近いため、テコの原理が十分に働かないため、刀の重量の負荷が大きくなり、柄打の際に鐺が下がりがちです。
すると、水平に打突する際には、ベクトルがズレてしまい柄打の威力が弱くなります。
どうしても鐺が下がってしまう場合には、左手を鞘の下に開手で添えると良いでしょう。
これは柄打の応用変化の一つです。

また熟達しては様々な応用変化を稽古します。
実際には対者の小手を打ち抑えるのが最も効果的な方法になります。ですから水平に打突するだけでなく、状況に応じた最適な部位を打つように稽古します。
また左置刀での柄打も稽古します。
また逆足を前に出す柄打も稽古します。
また対者の置刀を反対の手で抑える、または足で踏む、または蹴りつつ柄打を行う方法も稽古します。
また明(正面)以外にも、陰陽暗(右左後)の対者への柄打も稽古します。これを四坐(しざ)の心得と呼びます。

また柄打の後の各種の追撃も稽古していきます。
また柄打に対しての対応法も稽古していきます。

 三つの鐘の教え

この柄打には「三つの鐘(みっつのかね)」と呼ばれる教えがあります。

一の鐘:対者を柄頭で打つ
二の鐘:後退時に柄頭を吾の左手の手の平につける
三の鐘:後退時に右足の踵を左足の踝につける

この三つの動作を「鐘を打つ」ように意識し、それぞれの動作を丁寧に行うことが、正しい稽古につながります。

 終わりに

地味な技法ですが、身体動作的にも技法的にも、心法的な意味においても基本となる天心流を修める上で極めて重要な意味を持つ技法です。
まず正しい柄打が出来るように十分に稽古を行うようにして下さい。

 


※以下は動画内音声の文字起こしです。文書を改定しましたが、そのまま残しておきます

柄打

この技法は坐法の置刀(休太刀)であり、また殿中刀法鞘ノ中(でんちゅうとうほうさやのうち)と称される、抜刀せず争いを収める戒めノ剣としても分類されます。
刀は、切るばかりではなく、拵えを含んだその機能すべてを活用することが重要です。
 
楷書(守) – 序
解説
それでは柄打(つかうち)を解説いたします。
まず右手で刀の鍔を控えます。
刀をもち、右腰に付けます。
つま先立ちになりながら、両方の膝を閉じます。
そして右足を一歩前に出しながら、相手の胸ないしは喉を打ちます。
打った後は、その場から六尺以上、180cm以上離れます。
左手を柄につけるようにし、刀の鐺(こじり)が地面を擦るようにしながら(井手注:実際に擦ってはいけません)、右足を引き、その場から六尺以上離れます。
この時、左手は自分の肩口につけるようにしてください。
また脇も締めてください。
さらに、刀の鐺(こじり)は右膝の外側にくるようにしてください。
右足を半歩前に出し、先に左手を前に持ってくるようにして、元の形に戻ります。
まず左手を刀の柄に沿わせながら、左腰につけます。
次に右手を右腰に付け、そして最後に両方の腕を下ろしながら左足を閉じます。
横からごらんください。
まず右手で刀の鍔を控え、刀をもち、右腰に付けます。
つま先立ちになりながら、両方の膝を閉じます。
そして右足を一歩前に出しながら、相手の胸ないしは喉を打ちます。
右足を一歩前に出しながら打つときは、このように右足だけ動かすのではなく、左足も右足にくっつくほど引いて、大きく前に出るようにします。
相手を打ちつけた後、左手を前に伸ばして柄につけ、刀の鐺で地面を擦るようにしながら、その場から六尺以上、180cm以上離れます。実際には六尺以上、180cm以上離れるのは難しいと思いますが、稽古をする際には、できるだけ大きく、一度に遠くまで離れるようにして下さい。
柄頭は自分の左手の中心につけます。左手は自分の肩口につけます。
鐺は相手に向けており、もしも相手が喉ないしは胸を打っても自分に向かってきた場合、柄頭を左手で真下に向かって押すようにする「船漕ぎ(ふなこぎ)」をすることで、相手をさらに打つことができるような姿勢になっています。
頭の中で、臨(りん)・兵(ぴょう)・闘(とう)・者(しゃ)・皆(かい)・陣(じん)・烈(れつ)・在(ざい)・前(ぜん)と唱えます。
次に右足をつま先の方向に前に半歩出し、そして左足を前に出します。
この時、刀の鍔は自分の中墨(中心)に来るようにしてください。
左手を柄に沿わせながら、左腰につけます。
次に右手を右腰に付け、そして最後に両方の腕を下ろしながら左足を閉じます。
刀を右手で取るときは、このように目で見て確認するのではなく、右手だけで刀の位置や鍔の位置を確認できるようにしてください。
刀を右腰に付け、つま先立ちながら両方の膝を閉じ、右足を一歩前に出しながら相手に柄頭を打ち付けます。
打ち付けた後は、大きく後ろに下がってその場から離れます。
打ち付けたときですが、右足はつま先立つようにしてください。
そして柄打には「三つの鐘(みっつのかね)」という教えがあり、これを大事としています。
一の鐘は刀の柄頭で相手を打ったとき、
二の鐘は後ろに下がって、刀の柄頭を自分の左手の中心につけたとき、
三の鐘は後ろに下がって、右足の踵を左足の踝(くるぶし)あたりにつけたときです。
相手を打つ、
後ろに下がって柄頭で自分の左手の中心を打つ、
そして右足の踵で左足の踝(くるぶし)を打つ、
この三つの鐘を打つ動作を大事にして、稽古するようにしてください。
そして右足を半歩前に出し、左足を前に出します。
左手を左腰につけ、右手を右腰につけ、最後に元の形に戻ります。
草書(離) – 急

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