利かぬ手の訓練

【鍬海 政雲】

天心流では左手の器用さが重要です。
日本に限らず多くの国で昔は生まれつき左利きでも右利きに矯正されていました。
私が幼少期もまだそういう風潮は根強く、昨今はあまり使われないですがぎっちょ(左利き)と侮蔑的な言い方がなされていました。

武士もまた右利きが原則であるため、刀は右手で抜刀し持つのが前提となっており、左腰に帯刀するのはそれが理由です。
左利きだからと右腰に刀を指すということはありませんでした。
(もしかするとあったかもしれまえんが、今のところ歴史的史料では見たことがありません)

しかし刀は右手のみで用いることはなく、場合によっては、左手片手で刀を用い、また左手で抜刀することすら有り得ます。
そうしたことから左手の器用さはそのまま、上達や実戦における有利に直結しました。

石井先生は天心先生に左手で食事をするように指示し、「左手を(自在に)使えないのは不利だ」と教えました。
そして天心先生が自宅で左手で食事をしたところ、お父さんにビンタされて、ちゃぶ台ひっくり返されたそうです。
苛烈な話ですが、他にも石井先生は楽器は何が弾けるか?と天心先生に尋ね「ハーモニカくらいなら」と返したところ、「そんなんじゃ駄目だ!」と大正琴を勧めました。
あれは左手を使うから良いと。
(和楽器だし)

そんなわけで、天心先生は今でも時々左手で食事をされています。

私自身は左利きで、子どもの頃に祖母から矯正されましたが、持ち前の頑固さで左利きを貫きました。
しかしバットを振ったり、物を投げるのは右なので、クロスドミナンス(交差利き)です。
さらに小学校の頃に通っていた習字では、右手で筆を持たされましたし、野球では左打ちを小学校から自分で練習したり、また少林寺の武専でやはり両手を器用である方が有利ということで両利きになるべく、右手での食事や文字の訓練もしていました。
ちなみにボクシングなどでも同じように両利き訓練する場合もあるそうです。

というわけで、皆さんも利き手の反対、謂わば利かぬ手を訓練して欲しいと思います。
食事などは一番良いですが、スプーン、フォーク、ナイフならばいざ知らず、箸となると物凄いストレスがかかります。
食事を楽しむどころではなく、自分自身、記憶がもう無いですが幼少期にこれを身につけるのは、大変なストレスであったことが想像出来て、幼い自分の努力に敬意を払いたくなることでしょう。
なお昨今ではアジアンフードが世界に浸透したため、外国でも多くの人が箸を使えるようになりました。
もちろん使えない人、苦手な人も中にはいますが、これもグローバリゼーションと言えましょう。

食事以外にも方法があります。
案外、歯磨きを利き手のみで行う人がいるそうです。
なお利き手で反対側の歯を磨く時力が入りすぎるので注意が必要だそうな。
そんなわけで利き手だけでなく利かぬ手も使って歯磨きをするのは、口内衛生上にも良いのでおすすめです。

また当然、左手での抜刀納刀も良い稽古です。
武井先生は右腰帯刀で左手抜刀を稽古させられたそうです。
利き手で出来ることを利かぬ手がコピーすることで、利き手の動きの矯正にもつながったりします。
徹底的に行う必要はありませんが、少し稽古するだけでも、全体にの上達に寄与します。

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