三躰の位⋯立ち方について

 天心流には基本となる三種類の立ち方があります。
それらを総称して竹斜老木(ちくしゃろうぼく)三躰(さんみ)の位(くらい)、また三躰立(さんみだち)(実際の刀を振るう場合は「三躰太刀(さんみだち)」)の位(くらい)と呼びます。
三種の立ち方それぞれに特色がありますが、実戦においてはいずれかのみが最上ということはなく、状況に応じて使い分ける必要がありますから、稽古においてはバランス良く用いなければなりません。

■ 老木立(ろうぼくだち)

曲木立(きょくぼくだち)、または古傅立(こでんだち)とも呼びます。
甲冑着用時の剣術、これを一般に介者剣術(かいしゃけんじゅつ)と呼びますが、この介者剣術において用いる立ち方に由来するとされ、天心流における立ち方はこの老木立が基準となります。
足幅は広く、両膝を十分にえして(独自用語。「曲げて」の意味)腰を落とします。 腰を落とすとは、「膝を曲げることで腰の位置を低くし、重心を低くする」という意味です。

長い年月を経(へ)た樹木が、ぐにゃりと曲がるように、膝を曲げ、腰を曲げた姿勢となるというのが、老木、曲木という名称の由来です。

古傅(こでん)古伝とも書きます)とは江戸時代以前の、古き伝承であるという意味です。つまり古傅立とは「度重なる戦乱により甲冑着用を前提とした剣術に用いられる立ち方」というような意味になります。
 足の幅は、後ろ足の膝を床に突いた時、前足の踵と、後ろ足の膝との間が拳縦一個分ほどとなるのが目安となります。

この老木立は、はじめのうちは非常につらい姿勢であり、また身動きがままなりません。
しかし熟達するにつれて、容易に姿勢を維持することが出来るようになり、また足捌きも自在となります。

そして足場の悪いところでも、安定して動くことが出来るようになります。

■ 斜木立(しゃぼくだち)

 

江戸立(えどだち)、または謡曲立(ようきょくだち)とも呼びます。 江戸立とは、後述する尾張柳生家(おわりやぎゅうけ)にて重視されるようになった

竹木立(ちくぼくだち)に対しての対義語のように、江戸柳生家(えどやぎゅうけ)で主に用いたという意味になります。
また戦のなくなった江戸時代の、甲冑を着用しない剣術(これは介者剣術に対して、素肌剣術と一般に呼れます)において主に用いるという意味も含みます。

 謡曲立(ようきょくだち)とは、能楽(のうがく)に用いられる足腰の構えと類似することに由来します。
謡曲(ようきょく)とは能楽における声楽(せいがく)部分のことです。

 

 斜木立(しゃぼくだち)の斜木とは、文字通りに斜めに生えた木を指します。
斜めの木のように、やや膝をげて上体を前傾させますが、老木立に比べると膝の屈曲や前傾は緩やかです。

足の幅は、後ろ足の膝を床に突いた時に、前足の踵と、後ろ足の膝が一直線に並ぶ程度を目安とし、老木立よりわずかに狭くなります。

 

 

 

■ 竹木立(ちくぼくだち)

 直木立(ちょくぼくだち)、または尾張立(おわりだち)つったちなどとも呼びます。
竹のように膝や腰を曲げずに真っ直ぐに立つということを意味します。
尾張立とは柳生石舟斎(やぎゅうせきしゅうさい)師(新陰流(しんかげりゅう)の流祖(りゅうそ)である上泉信綱(かみいずみのぶつな)師に師事(しじ)し新陰流を継承した剣豪。この石舟斎師の系統は後に柳生流(やぎゅうりゅう)、柳生新陰流(やぎゅうしんかげりゅう)などと呼ばれます)の孫である柳生利厳(やぎゅうとしとし)師により尾張藩(おわりはん)に伝承された新陰流に由来します。
この尾張(柳生家の新陰流は俗(ぞく)に尾張柳生(おわりやぎゅう)と呼ばれ、柳生宗矩(やぎゅうむねのり)公の江戸柳生家に伝わる新陰流は江戸柳生(えどやぎゅう)と呼ばれました。
利厳(としとし)師は元和偃武(げんなえんぶ)(豊臣家滅亡により慶長から元和(げんな)に年号が変わり、戦乱が終わり真の平和が訪れたとする宣言)の時代に即して直立(つったつ)たる身(み)の位(くらい)を基本の立ち方としたことから、この竹木立は尾張柳生の象徴的なものでした。

柳生十兵衛(やぎゅうじゅうべえ)師(柳生宗矩公の嫡男(ちゃくなん))のものとされる新陰流の伝書「悒貫書(ゆうかんしょ)」には「初心の内に能(よき)しよさの事」として「つ立(ったつ)たる身位事(みのくらいのこと)」と記されているのと同様に、天心流では初学者向けとして上体の動きを学ぶにはこの竹木立を用いるのが最適であると伝えられています。

両足は肩幅程度に開き、両膝をほんの少しゆるませて立ちます。
前足と後ろ足はわずかに前後に開く程度です。
前に重心を掛ける際には、後ろ足の踵を僅かに上げます。

この竹木立(ちくぼくだち)から膝をえして沈むことで、遠い間合にまで切り込むことが出来るため、間合(まあい)の利(り)が生じます。

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